東京地方裁判所 昭和53年(ヨ)8887号 決定 1979年3月30日
仮処分決定
債権者
小倉益一
右代理人
五十嵐敬喜
同
菅原哲朗
同
酒井和
債務者
有限会社たねや
右代表者代表取締役
種谷清三
右代理人
藤井孝四郎
債務者
日東建設株式会社
右代表者代表取締役
長久保俊夫
右代理人
尾崎重毅
右当事者間の昭和五三年(ヨ)第八八八七号仮処分申請事件について当裁判所は、別紙理由により債権者に債務者らのため全部で金二〇〇万円の保証をたてさせて、次のとおり決定する。
主文
一、債務者らは別紙物件目録(一)記載の土地上に建築計画中の別紙物件目録(二)記載の建物につき別紙北東側立面図イ、ロ、ハ、ニ、イの各点を結ぶ線で囲まれた部分(赤斜線部分)、同南東側立面図ホ、ヘ、ト、ホの各点を結ぶ線で囲まれた部分(赤斜線部分)及び同R階平面図チ、リ、ヌ、ル、チの各点を結ぶ線で囲まれた部分(赤斜線部分)で特定される部分の建築工事をしてはならない。
二、債権者のその余の申請を却下する。
三、申請費用は債務者らの負担とする。
(合田かつ子)
理由
一本件疎明資料及び審尋の結果によれば次の事実が一応認められる。
1 債権者(八一才)は渋谷区神宮前三丁目三番二の宅地を所有し、その上に建物を所有して妻(七五才)とともに二階部分に昭和四八年ころから居住している。右建物は塔屋付の地上三階建鉄筋コンクリート造事務所共同住宅で、一階部分はピロテイとして車庫等に利用し、二階、三階部分は建物の北東部分約三分の一くらいが床の高さにおいて他の部分より約1.36メートル低い構造になつていて、二階の北東側は債権者の子宏の経営する会社が事務所として使用し、南西側の台所、浴室、トイレ付三室を独立した住居として債権者が、三階の大部分は台所、浴室、トイレ付の四室で債務者の子孝が妻子とともに同じく独立した居宅として使用している。
2 債務者有限会社たねやは債権者の所有地の南西に隣接する別紙物件目録(一)記載の土地(以上本件土地という)を昭和五三年に取得し、同土地上に別紙物件目録(二)記載の建物(以下本件建物という)の建築を計画し、同年八月二五日建築確認を得、右建物において貸スタジオを営業する予定である。
3 債務者日東建設株式会社は、債務者有限会社たねやから本件建物の建築を昭和五三年一一月ころ請負い、右工事を施行しようとする者である。
4 債権者所有地及び本件土地を含む地域(以下本件地域という)は表参道と環状四号線とを結ぶ通称原宿二丁目通り(幅員約5.8メートル)に面しており、都市計画上の住居地域に指定されている。本件地域は従来第一種住居専用地域に指定されていたところ昭和四八年、地域の商業の発展を希望する原宿二丁目通り沿線の住民の陳情等により右道路の北西側で二〇メートル、南東側(本件土地が含まれる部分)で五〇メートルの範囲が住居地域に指定換えされるに至つた。
5 又、本件地域において高さ一〇メートルをこす建物を建築しようとする場合は、建築基準法第五六条の二(以下法という)、東京都日影による中高層建物の高さの制限に関する条例(以下条例という)により平均地盤面から四メートルの高さで敷地境界線から水平距離で五メートルをこえた範囲に四時間以上の、一〇メートルをこえた範囲に2.5時間以上の日影を生じさせてはならないとの規制を受けるが、右条例の制定に際し、素案が前記五メートルをこえて五時間、一〇メートルをこえて三時間の規制値を掲げたにもかかわらず、原案ではより厳しい規制値を採用し、その原案どおり可決制定された経緯がある。
6 本件地域は、通称原宿二丁目通りに沿つて商店街を形成しているが、その建物の大部分が一、二階の木造の住宅併用店舗又は事務所あるいは共同住宅で、三、四階建の建物は若干見受けられるものの高層建物は極く稀である。かかる現状及び従来の土地開発状況に鑑み、現段階では本件地域が今後急速な建物の高層化、土地利用の高度化が進行する地域又はそれを期待されている地域とは断じ難く、しばらくは中小規模の商店街と住宅の混在する状態のまま推移するものと考えられる。
7 債権者が居住する建物は塔屋を含めると本件建物より高くなり、幅員約5.8メートルの道路をはさんで北西に位置する新井米店に及ぼす日照阻害(冬至における同家の地盤面から四メートルの水平面で真太陽時の午前八時から午後四時までに限つてみる。以下同様)は、およそ午前八時から同一一時過ぎまでその面積の過半に及び北東に隣接する田端宅にはほぼ午前一〇時ころから西角に影を与え始め、午後一時すぎころからは南東開口部分の日照をさえぎり始め、日影部分は漸増しつつ午後二時ころにはその面積の約過半に、午後三時すぎ以降は同家の南東開口部のほぼ全面にわたつて日照被害を与えている。
8 債権者は、本件土地上に木造二階建建物一棟があつたのみだつたため、これまでは居住部分の南東開口部(ベランダも含む)で冬至においても南東側にある新井アパート(木造二階建)の日影下に午前八時から同一〇時過ぎころまで入つていたのと午後からは自己所有建物の南西端に突き出ているいわゆる袖壁や軒の影に入る部分(後記測定点で午後一時過ぎころから同二時ころまでの間)があり、午後三時ころからは自己所有建物自体の影に入る以外は概ね良好な日照を享受してきた。
9 本件建物が予定どおり完成することにより、債権者が蒙る日照阻害の程度について、債務者らが審尋期日において約したとおり本件建物の敷地レベルを債権者所有建物のそれと同一レベルにした場合において債権者が居住している二階部分の主要開口部である南西寄り開口部中央の床面(地盤面より3.79メートル)を基準点として冬至における真太陽時の午前八時から午後四時までの日照についてみる(以下債権者の日照阻害について論じるとき同じ)と大略次のとおりである。
午前八時から同一〇時過ぎまで前項で認定したとおり新井アパートの日影下にあり、その影から脱する同一〇過ぎから午後三時ころまでは本件建物により、その後は自己所有建物により日照をさえぎられ、結局終日日照を得られないことになる。
さらに立春時においても新井アパートの影から脱するおよそ午前九時四〇分からほぼ一時間くらいの日照を得られるのみであり、春分時に至つてようやく三時間余の日照を確保し得る。すなわち本件建物の完成により債権者は約半年間にわたりほぼ三時間未満の日照しか得られないことになる。
二当裁判所は以上の事実を基礎として次のとおり判断する。
1 本件建物はその高さが一〇メートルであり法所定の規制の対象外の建物である。しかし右規制は一応の社会的基準として画一的処理のため設けられたものであり、規制の対象外建物であることの一事をもつてその建物から生ずる日照被害の被害者において当然受忍すべきものと即断することは許されず、受忍限度内か否かは個々具体的な被害の状況等を勘案して判断すべきであり、該建物がその規制の対象外であることはその際の一つの重要な判断資料と解するのが相当である。そうであれば本件建物はその最高の高さにおいて対象外とはいえ、一〇メートルであること、法、条例所定の規制値を本件建物に仮に当てはめてみるとその落とす影は右規制に抵触するものである(本件疎明資料より明らかである)こと、先に4で認定したごとき本件地域が住居地域に指定換えされた経緯及び5に認定した条例制定過程に鑑み少くとも現時点では行政の立場から本件地域に対して住居地域ながら日照に関しては土地の高度利用を計ることよりもむしろ住環境を保護していく方向を示したことが窺われること、本件地域の発展性は前記6に認定したとおりであること、そして又債権者が高令であり、同人の年令、体力等を考慮したうえでの債権者所有家屋の構造、使用方法を合わせ考えると前記9認定の日照被害は、債権者において社会生活上受忍すべき限度をこえるものと判断せざるを得ない。本件建物と並んで債権者に日照被害を与える新井アパートの加害時間は午前八時から同一〇時過ぎまでであり、債権者所有建物自体の影響は午後三時過ぎ以降であるから従前の日照享受状況及び日射量等を考慮すると債権者にとつて最も重要な時間帯で本件建物の日影下に入るのであるからその負担は債務者らにおいて負うべきものである。従つて債務者らが計画どおりに本件建物を建築、完成することは許されず、設計変更を免れないといわなければならない。
2 そこで本件建物をどの程度削減すべきかを検討する。
(一) 債務者らが審尋期日に和解案として提示した本件建物の北東側パラペツトを建物の南東端から約12.6メートルにわたり三〇度に傾斜させる案につき考察する。右案によつて生ずる日影を仮に法の規制基準に照してみるとわずかではあるが違反部分が残り、冬至における日照回復時間はわずか一〇数分にすぎず、立春においても約二〇分間程度の回復であるから、この程度の削減ではいまだ先の受忍限度の判断を左右するものとはいえない。
(二) 次に主文掲記の削除について考えると、右削除により冬至における日照は新井アパートの影から脱するころから約三〇分間回復し、立春時では約五〇分乃至六〇分回復するから立春において午前九時四〇分ころから同一一時三〇分ころまで日照を得られることになり天空率及び仰角にも相当程度の改善が期待される。
(三) 他方かかる削減をしてもなおある程度の日照阻害が残ることになる。しかしながらこれは従来も債権者宅の前記基準点では午後一時過ぎころから室内への直射はなくなり、その後直接日照を得ている同室南東部ベランダでもいわゆる袖壁のためほぼ一時間くらい日照をさえぎられていたこと、本件建物が予定どおり完成した場合でも債権者がダイニングキツチンとして利用している部屋の開口部は冬至でも午前一一時三〇分近くまで日照があり(本件疎明資料により一応認められる)、春分においては前記測定点で午前九時少し前から一二時過ぎまで日照が得られること、債権者所有建物自体が地上階数で本件建物と同階数であり、塔屋を含めるとかえつて高くなること、そして債権者の建物の利用状況からみて債権者自身同建物の右のような構造に伴う利益を得ていること、債権者所有建物が近隣に与える日照阻害の現状が前記7に認定したとおりであること及び本件土地の地域性を総合判断すると債権者において受忍すべきものと思料する。
三以上の次第で債権者は本件建物を主文掲記の範囲内で建築の差止めを求め得ると解すべきであり、一方債務者らは審尋期日において話し合いで解決できる場合の案として前記債務者案を提示しているが右案につき審尋終了までに債権者の同意が得られなかつたため計画どおり建築したい旨主張しているので本件建物が計画どおり完成すると後日その一部を除去することは著しく困難となることは明らかであるから本件仮処分申請についてその保全の必要性も認められる。
よつて債権者の本件申請は主文掲記の限度で理由があるからこれを認容することとし、その余はこれを却下することとして右認容部分については設計変更に伴い債務者らが蒙る損害等諸事情を勘案して前文掲記の保証を立てさせたうえ、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九三条を適用して主文のとおり決定する。
物件目録(一)
1 渋谷区神宮前三丁目三番三
宅地 204.78平方メートル
2 渋谷区神宮前三丁目三番一三
宅地 72.63平方メートル
物件目録(二)
1 鉄筋コンクリート造地下二階地上三階建
用途 スタジオ
高さ 地上10.00メートル
地下 8.00メートル
敷地面積 277.58平方メートル
建築面積 158.25平方メートル
延床面積 642.98平方メートル